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ひとりの旅人と、擬人化されたバイクたちの、流浪のログ

東北南部ツーリング回想記 後編



東北ツーリング回想の後編です。

そういえば、カスタムしたミラーが後方確認しづらいので、少し前から純正に戻してありますw他の探します!


さて、まずは前編のあらすじを頼むよ、アヴェンさん。

1日目のオーナーは600km走って全裸。2日目は雪→強風→雪でした。

ぜんぜん意味わからないから補足するけど、1日目は初めての一日中高速巡航のあと温泉入って、2日目は風と雪でコケそうだったのでした。

では、後編の3日目と4日目最終日の回想を始めます。


■3日目

この日は被災地探訪をメインにするのが本来の予定でしたが、12日が雨確定だったので、またあの600km以上を雨の中愛知まで帰るのは危険と判断し、帰還を1日早めることにしました。

なので、本来の予定では、山形→福島の南相馬市→第一原発付近、でしたが

山形→福島の阿武隈洞→第一原発付近、に変更しました。

ようは遠回りになる南相馬市をやめたのです。


それでも時間が無かったので、ホテルを出発し、山形市街からすぐに高速の山形自動車道→東北自動車道→磐越自動車道を通過し、一気に南東の福島へ向かいました。


で、「あぶくま洞」の駐車場に到着しました。どーん!とそびえ立ってるのがあぶくま洞の外壁。

別名、ウォール・ローゼです(違う




向こうから超大型巨人がぬっと現れそうな迫力。



いままで山道や海沿いを走ったりしてるけど、鍾乳洞に潜るのは初めてだった!


オーナーがハシャいでますが放っておきましょう。

「あぶくま洞」は阿武隈高原では最大の鍾乳洞で、1969年に採石場跡地から発見されました。

一般公開されてない箇所も含めた総距離は約3,300mで、日本国内第11位だそうです。

迫力あるけど、国内では小さめな鍾乳洞なんだなぁ。


洞窟の反対側に阿武隈高地が広がってた。こいのぼりが元気に泳いでますね!




まずチケットを買いに。

洞窟内を四つんばいで進んだり潜ったりする「探検コース」というのが追加料金であるようだったけど、長距離ツーリング自体が冒険なので探検コースはやめましたw疲れるし。

一般コースも途中までは同じだったので、わんぱくな子供じゃなければ一般で良いんじゃないかな。

で、いよいよ洞窟内へ!当たり前だけど、入ると真っ暗でした。

見づらいけど鍾乳石を説明する看板があった。






照明があるので前が見えないことはないけど、非常に狭い中を進んでいきます。なんだかわくわくしましたw

ぴちょん、ぴちょん、と水が落ちる音がする闇の中を進んでいきます。



狭い! 「水曜どうでしょう」のデブの穴を思い出しますw俺は痩せてるので挟まることは無いけどw

カメラのおかげで明るいですが実際はすごく薄暗いですよー。



さっそく一つ目の鍾乳石、通称「妖怪の塔」が見えました。ライトアップ演出のおかげもあって不気味です。




「石化の樹林」

これ鍾乳洞っぽくて好きです。





「竜根御殿」

一番の見せ場で、天井高約30mの大空洞です。つい、「おぉぅ・・・」って声が漏れましたw



中央の「観音像」は名前も知らなかったけど見た瞬間に、「何の仏像だろ?」って騙されました。

“竜根”ってのは阿武隈高地最高峰の大滝根山のことかな。

見上げた方が迫力ありましたねえ。コウモリが生息してるようで、奥まで行くと「キィ、キィ」って鳴き声が聞こえた。





「樹氷とクリスマスツリー」

うーん・・・これはほとんどライトアップが青いおかげw




「きのこ岩」

撮る向き間違えましたが、この横から見た方が何となく好きです。




「リムストーン」

棚田のような不思議な形状の鍾乳石です。

入れてみたくなったのか小銭がたくさん入ってましたが、観光客のこういう癖は嫌いw





洞窟内は季節を問わず約15℃に保たれているのでワインの熟成に最適らしい。天然の貯蔵庫ですねえ。




一般コースのクライマックス、「月の世界」

国内の鍾乳洞の照明演出としてはけっこう大がかりだそうです。

暗闇から朝日が昇り、夕日となって沈むまでの太陽の動きを再現してるらしい。

動画で撮ってみたので御覧下さい。



ラストを飾るに相応しい自然の芸術でした。




洞窟から出たら、おやつにフランクフルト食べてから、駐車場へ。





私はずっと、特に何も無い駐車場でひたすら待機で暇でした。

いくらバイクでも洞窟は入れないもんなぁ。ツーリングなのに道の写真じゃないのが珍しいくらい。


あぶくま洞を出発したら、いよいよ、福島の沿岸、東日本大震災の被災地へ向かいます。

まずは、県道41で南へ。


この道は、電車の磐越東線に沿っている道路で走りやすかったです。


R6にぶつかったら北上し、お邪魔したかったとある復興商店街へ。

何だか人通りが全然ないのは被災地だからなのかなー、とか考えつつ走ります。




福島の復興商店街の一つ、 「浜風商店街」 に到着~。http://hisanohama-shops.com/



久之浜第一小学校の駐車場?にあります。

お店を経営していたものの、津波で被害を受けて仮設住宅で暮らしている方々。

その皆さんが力を合わせて集まり、ごく小規模な仮設の商店街で営業してるんですね。

見聞を広めるために、そして微力ながら復興支援のためにも行こう!と決めてたんです。



・・・でも現地に着いて、正直、少し腰が引けてしまいましたw

愛知でのほほんと暮らしている俺なんかが行って邪険にされないだろうかとか、迷惑じゃないかとか考えてしまうんですよね。

びくびくしながらも、商店街の中の一つ、「からすや食堂」さんののれんをくぐる。

結果、心配していたのが嘘のように、明るく出迎えてくれました!嬉しい。(ヘタレ

ご夫婦で経営されてるのか、奥さんがすごく明るくて、名古屋からバイクで来たと伝えると驚いて笑ってました。

バイクで来る人はたまに要るらしいですが、名古屋から頻繁に車で来て商店街の美容院で髪切って飯食ってく人が要るらしいです、すごいなw

近所の人達も良く来るみたいで、おばちゃんやおっさんがおしゃべりしてました。


カツ丼ごちそうさまでしたー!!!

ごちそうになってからお店の前で1枚お願いしました。

被災地の方々はこんなに笑顔が素敵なんだと伝えたいので、情けないけど俺だけ顔隠して載せます(ヘタレ



わからないけど俺もちゃんと笑顔ですのでw


飯は食い終わったのに、からすや食堂の奥さんがわざわざ商店街内の情報館を案内してくれました。

被災直後の写真がたくさん飾ってあったり、久之浜の模型があって被災状況がわかりやすかったり。

からすや食堂に居たおっさんが撮った写真もあるらしかった。




震災から3年が経ち、報道も少なくなってきましたが、こういった震災直後の現地の人の撮った写真を見ると、酷い状況だったと改めてわかりますね。

あの地震があったとき、俺は事業所で働いてて、夜勤だったし一晩中テレビ見てたんだけど、ヘリから写した津波が迫る様子や暗闇の中で燃える町の様子は今でも良~く覚えてるよ・・・。


当時の様子を写真などで見たあとは、書き置きできるノートがあったので書いておきました。

「5月9日の名古屋のバイク乗り」が俺ですので、もし見つけたらコメント下さいw


情報館から出たら、コーヒーを頂いたり、お土産買ったり、おしゃべりしたり。

いつのまにかおばちゃん達に「名古屋さん」と呼ばれてましたwそのまんま

俺の他にも、観光案内人?の兄さんに連れられてきた女性もいた。

ここが被災地で仮設の商店街だとは思えない明るい雰囲気!



被災地だから暗いとかそんなことは一切無かったし、おばちゃんおっさん達の「明るく前を向いて生きていこう」とする心意気に密かに感動してた。

宴も酣(たけなわ)というか、もっと話していたかったけど、次の目的地が待っている(汗

「仕事が無くてカネがあれば何回でも来るんですが、いつかまた来ます」と告げて、お別れました。


格好良いのか悪いのか、よくわからない決め台詞ですね。

そだねw後半だけで良かったw




商店街とお別れしたら、R6をさらに北上していきました。

道中はダンプカーやトラック、白いバンといった工事関係車両だらけで、パトカーも非常に多かった。

原発に近づくに従って、バイクどころか歩いている人もぜんぜん居ない。

異様な雰囲気の中、福島第二原発の北にあるJR富岡駅に到着。現在は駅として機能してません。



富岡駅は、問題の福島第一原発の南10kmにあり、あと1kmほど北に行くと許可の無い立ち入りは禁止されているエリア。



下の図で言うと、一番内側の円線のさらに半分の位置です。このサイトはわかりやすかった。

福島県放射能測定マップ 2014/05/19時
放射能線量図

さすがに、ここまで近づくと、目に見えない放射能の怖気というか不気味さを肌で感じます。

“第一原発に近い”というだけだし、身体的な影響は出ないけど、それでも何だか怖いんですよね・・・。

人によっては、「原発まで10kmとか正気の沙汰とは思えん!」とか「バイク除染した?」とか言いそうですが、一般人の年間平均被ばく量とか勉強してほしいです。

だって、暮らしたり働いている人たちが居るんですよ。


オーナー、それ以上は。

あー、ちょっと喋りすぎた。

まぁ、正確な情報と冷静な思考が求められる、ということが言いたいだけです。

原発のおかげで街が繁栄してきたということもあるし、・・・・・複雑な状況ですホント。



で、富岡駅にはしっかりした線量計が設置してありました。この時は0.37マイクロシーベルト毎時だったかな。

X線CTスキャン1回分の線量は7~20ミリシーベルト毎時なので、何の影響も無い。

なのに線量計があるだけで緊張感が増す気がした。





以前の富岡駅はホ-ムまで入れたらしいですが、今は立ち入りできないようにロープが張ってあった。





封鎖された理由は、駅に入るだけでなく、看板とか何か持って帰ってしまうような不届き者が居たからかもしれませんね。

最低なヒトですね。

被災地の人達への配慮は大切だね、俺もなるべく気をつけたつもりだけど(汗



もう3年経つけど、駅の周囲も津波か地震で破壊されたままだった。



車がひっくり返っていたり、建物の壁が無くなっていたり。






海岸の方には工事関係者の方々がたくさん。どんな作業かはわからないけど、立派だなぁ。




そういえば、駅の線路上は草が生い茂っていて、その中に車が残ってました。生々しい光景だった・・・。



俺の少ない語彙ではうまく言葉にできません。


何となく、さっきの復興商店街のおばちゃんたちの笑顔が思い出されて、被災地の光と闇を見た気がしたけど。


復興し立ち直ろうとするヒトのたくましさの背景に、ヒトの技術力がもたらした災厄が在る、といったところでしょうか。

それにしてもオーナー、異常に正常に回想してますね。

さすがにこういう写真ではふざけれない・・・、というか正常が異常ってどゆこと?




富岡駅を離れて、あたりをうろうろしていたら検問が見えたのでお辞儀してUターンし、キリも良かったのでこれで原発付近の探索は終了とし、宿のあるいわき市街へ向けて回頭しました。


行きに見かけた道の駅「ならは」は休業しており、物産館として使用されていた施設が、双葉警察署臨時庁舎として使われてました。



パトカーが駐車場にたくさん並んでいて、道の駅なのに緊迫感があるという異様さ。





ちょっと寄り道したくなって、R6から県道382へ移り、松林の中を抜けて、塩屋崎灯台の見える場所へ行きました。





町が全壊した地域らしく、復興はまだまだという感じです。

家は無いんだけど、家の土台だけが残っていたりして、ゾっとしました。個別に写真を撮るのは何だか憚られるので、全体が映るような撮影ばかりしてた。

悲惨な状況だとわかりやすい構図を撮ることはできたんだけど・・・、ヘタレで申し訳ないw


前の会社は葬儀屋だったから、生死に関して色々思うこともあるんだよねえ。

その影響か、今回のツーリングは写真が少なかったですよね。

まぁね~。でも本当に勉強になった。



塩屋崎地区を見たあとは、少し北に戻って、いわき駅近くにあるカプセルホテルへ到着。



カプセルホテルなのでバイク用の駐車場なんてもんは無く、自己責任で建物の前に停めるか、駅デパートの駐輪場に停めるかでした。

デパートの方に停めることにしたものの、車用の駐車場に入ってしまって、警備員のおっさん呼ぶことになって御迷惑おかけしましたw


ともあれ、このカプセルホテルにて3日目は終了。

寝ころがって被災地での風景を思い出しながら、眠りにつきました。


■4日目

カプセルホテルは誰かのいびきが聞こえたりして何回か起きたものの、概ねちゃんと休めました。

本当はあと1日、福島の裏磐梯をもう一回走る予定だったものの、翌日は雨確定で高速巡航600km以上は体力が持たなくて危険と考え、今日帰ることにしていました。

カプセルホテルを出て、いわき市街からすぐに常磐自動車道へ向かいます。




ルートは行きと違って日本海には出ずに、かと言って首都圏の太平洋でもなく、南アルプスを突破しました。


ルートが違ってもやることは同じで、高速道路を走る→SAで休憩→走る→SAで休憩、の繰り返しでしたけれど。

そうなんだよなぁ。SAの写真しかないから、この回想は読まなくても良いですw

一応書きますけどね。

まず、いわき市から常磐自動車道に乗って、いきなり上りと下りを間違えてインターで引き換えした(汗



高速巡航スタート! 常磐自動車道の、中郷SA。




北関東自動車道の、壬生PA。




ご当地萌えキャラ、壬生ゆうゆタン。



栃木県下都賀郡壬生町は「おもちゃのまち」として知られているらしい。

長野の諏訪SAにも諏訪姫タンがいたっけ、と思い出したり。



壬生PAのブルーベリーソフト!




北関東自動車道の、波志江PA。




中央自動車道の、駒ヶ岳SA。



箱に貼ってあるのは、復興商店街で買ったシールですw




停まったSA、PAは以上!

走った高速道路は、常磐自動車道→北関東自動車道→東北自動車道→北関東自動車道→関越自動車道→上信越自動車道→(下道R142)→中央自動車道→東名高速道路→名古屋第二環状自動車道でした。


我ながら、何本通ったんだよw


長距離ツーリングでも行きと帰りでこれほど高速道路使ったのは初めてでしたね。

ナビ付けてないからSAで停まるたびに先を確認しないといけないし、疲れた~。


とにかく4日目はひたすら高速道路を走っただけで、夕方には地元へ帰還できました。



というわけで、以上で全行程は終了! 総距離は1747.9kmでした。


初の東北エリアでしたが、バイクとしての感想を言わせてもらいますと、気温差も辛かったですが、何より2日目の風の強さに危機を感じました。

あの浄土平は名古屋で体験する台風よりも風が強かったと自信をもって言い切れるね。

そのせいもあって、景色があまり見れなくて写真も撮りにくくて残念だったなァ・・・。

裏磐梯スカイラインの絶景箇所が短すぎたのにも驚いた。



でも、ずっと前から訪れたかった被災地を走ることができたから、見聞を広めるという意味ではとても充実したツーリングでした。

報道で聞いただけの情報じゃなくて実際に行くことで、不安定な原発の不気味さを味わったし。

復興や除染のためにたくさんの人が頑張ってる光景や、被災地で暮らす人たちの生き方には学ぶことが多かった。

いつものツーリングとは全然違ったけど、復興商店街のおばちゃん達の笑顔は一生忘れないと思うなあ。


オーナーとは思えないほど真面目な記事だったので、私も次のことを学びました。

オーナーを真人間にするには、「綺麗な景色で喜ばせずに、ひたすら負荷を与えるべき」 ということです。

それツーリングじゃなくて拷問じゃ・・・。

オーナーを拷問する私はさながら “走るアイアンメイデン” ですね、トゲ付きシートを検討しておきます。

では皆様、読了お疲れ様でした、またお会いしましょう。


・・・・・どこへ逃げようというのですか、オーナー。

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東北南部ツーリング回想記 前編



東北南部まで行ってきましたよ~。いやぁ、今回も苦行だった。


今回は計画も準備もギリギリまで疎かにするからですよ。

本当にその通り・・・箱自作で時間とられたのもあるね。


結果を言うと、天候の関係で帰還を1日早めての、3泊4日の長距離ツーリングになりました。

長距離ツーリングとしては今までと比較して日数的に短め。でも体力的にはかなりしんどい事に!


この記事では1日目と2日目の回想を書いていきます。



■1日目

いつものように早朝6時前には出発し、高速道路へ。

この日で一気に愛知から福島まで行くために、高速巡航600km以上という試練に初めて挑みましたw

奥多摩往復は休憩長かったからまだ楽だった。

ツーリングではなく移動日、と考えた方が良いぐらい。




愛知を出て岐阜を抜けて、長野県の梓川SAで給油と休憩。

この日は天気は良くて、ずっと晴れてたなー。





そういえば出発前にアヴェンさんの画像撮ってなかった、と思い出してどっかのPAでパシャ。

箱マウントを装着しての初ツーリングだけど、準備に手間がかかるぶん使い勝手は申し分無かった。

ただ、側面の面積が増えたせいか、いつもより風に煽られる気がw




単純に考えれば風圧の影響は受けやすくなってますよね。それに重心が上方へ移動したせいもあるかと。

ドライバッグは容量2倍近く入るくせに重心低めだったからね。というか、結局ドライバッグを箱の上に積んでたわけだけどw




さて、長野から一気に飛んで、新潟県の阿賀野川SAで小休憩。




艦これの黒髪を思い出しつつ休憩してましたwでも俺はどっちかって言うと矢矧さんのツン(ry


なんだかどうでも良い情報が聞こえましたが。

空耳だ。



さらに新潟から一気に飛んで、福島県は裏磐梯の「こたかもり第一オートキャンプ場」に到着。



1日中高速道路で総距離615km走りました・・・あまりやりたい走り方では無いですw


キャンプ場は桧原湖畔にあってロケーションが良く、左には雪の残る磐梯山が見える!


ここでキャンプの予定だったんだけど、ずっと高速で疲れたうえに夜も朝も雨の予報ということで、バンガロー泊に変更。

バンガローでも2千円程度なのでかなり安い!



安い理由がすぐに判明、バンガローにしては明らかに小さいですw

小さいのとは別で、何かイメージと違うような・・・



外壁が白くて高床ではないから、ではないでしょうか。

それだ!なんか倉庫みたいだ。


そうは言っても安いし屋根があるので一安心し、夕飯が食べれる店を探して出発するも、どこもすでに閉まっており、コンビニで飯を調達orz


比較的、街に近い観光地だからか、飯屋も風呂屋も多くて、消防署や交番もありました。

高速巡航で肩が凝ったので、たまたま見つけた露天温泉「香の湯」へ。



まったく人がいないけど営業してました。

絶対に間違って女湯に入らないようにしっかり書かれている男湯へ。

これじゃ間違えることができないです。これじゃ間違えることができないです。大事なk(ry






露天風呂だけど整備されてて綺麗だし、シャンプー類も揃ってました。

囲いは無いけど、この程度ではワイルドとは言えませんねー。




誰もいなかったのでカメラ持ちこんで撮ってましたw

湯温はほどほどに熱くて、良い温泉だった。ちょうど夕陽の時間帯だったし、まったりできました~。





「カシャ、カシャ」というカメラの撮影音が出てましたが、通報されなくて良かったですね。

(ハァ・・・・・・・・。)

溜め息すごく気になるんだけどなー!


風呂でさっぱりし、ミニバンガローに戻って飯を食って、さっさと寝ました。

バンガロー内には敷布団とかけ布団的なタオルケットが何枚かあるだけですが十分です。



やがて雨が降ってきて風も出てきたんだけど、風のせいでバンガローが常に「ミシッ…ミシッ…」っと鳴るのでなかなか寝れませんでした。


管理人のおば様が気を利かせて炊事場の近くで湖に近いバンガローにしてくれましたが、むしろ湖から少し離れた風の弱そうなバンガローが良かったかもしれませんね。

単純にバンガローの強度が弱いと思うけどなァ(汗



ミシミシうめく音に何回か起こされつつも、1日目は終わりました。


■2日目

この日からがツーリングの本番!しかし天気は崩れ気味・・・

朝起きてトイレ行ったんだけど紙が無くって、早朝に紙のためだけに管理人のおばちゃんを呼ぶのもアレなので、女子トイレに突入して紙を持ってきましたw

不可抗力というやつです。誰もいなかったから大丈夫です!


たしか前機のVTRさんに乗ってた頃も、とある理由で女子トイレに潜入したと聞いたのですが。

成人していると言うのに何回女子トイレに入るおつもりですか。

あの時だって別に入りたくて入ったわけじゃあないぞ!?



えー、話をまともに戻しますが・・・

ルートは現在地の裏磐梯から、蔵王を抜けて、山形市街が目的地。



まずは裏磐梯からレークラインを東へ抜け、裏磐梯スカイラインへ入りますが、

前が見えないw



北海道の野付半島に行った時ぶりに見えません。サイレントヒルかバイオハザードみたいです。

ツーリングマップルに載ってた潮見峠に寄っても、もちろん同じ。



さらに道路脇には雪!


走ってきた裏磐梯で何ヶ所が雪が残ってるのは見たけど、ここはもう「残ってる」と言うより、「積もってる」というレベルですw

愛知生まれとしては驚愕の光景だったなあ。




標高1600m程度で5月だと、これが普通なのでしょうね。

層雲や積雲などの「下層雲」の雲底高度が最高で2000mくらいなので、この時は霧の中ではなく、雲の中である可能性もあります。

雪が残っているせいで、気温ではなく冷気で寒いと表現しても良いかと。

春ジャケットと重ね着でも寒かったから、参ったなぁw

天気の悪さは少しずつ回復というか、風が強くて雲がどんどん流されていくので、天候の予測ができなかった。




で、今回のツーリングで景勝地としては一番楽しみだった、裏磐梯スカイラインの浄土平に到着!

相変わらず、天気が悪い・・・というか、写真ではわからないんだけど、

風が強すぎる!!!


風速は15~20(m/s) ぐらいかな。

台風でしか味わったことの無い強風が、俺とアヴェンさんに襲い掛かり、ふらふら走るのがやっとの状況でした。





写真を撮りたいけど、停めたらアヴェンさんが風に倒されそうで困っていると、浄土平ビジターセンターのおっさんがやってきて、「危ないから風を避けれる建物の傍に停めるといいですよ」と言ってくれたので退避!退避~!

普段から風の強いところだそうですが、今日は酷いとのこと。

浄土平の公式twitterアカウントがあったので、当時の状況を探してみました。




「曇り、雨、晴れ、雹」って、もうわけがわかりませんね。

山は本当にわからないね。風で飛んでくる雨が顔にビシビシ当たって痛くて仕方なかったwまともに歩けないし。

しかも俺たちが山を下ったあとは猛吹雪だったらしいです (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

最近、自分は雨男というか、悪天男なんじゃないかと気付いたorz


やっと気付きましたね。基本的に、辛い旅が多いですもの。

5月に行くのがそもそも駄目だったとも思うけど、さすがにあの風はなぁ・・・

吾妻小富士に登る気力はとてもじゃないけど、残っていなかった。



しかし、絶景が待っていました!



裏磐梯側から浄土平を通り過ぎると、火山ガスが立ち込める荒涼とした大地が広がる!

3月の九州の阿蘇山に近い雰囲気でしたが、絶景が見える距離は非常に短く、急坂です。

熊本の草千里ヶ浜から阿蘇は「広大な迫力」が魅力でしたが、この浄土平は「野蛮な迫力」というか、山が目の前にそびえ立つ距離感というか、そんな感じです。

わかりにくくてすみませんw


そもそも裏磐梯は紅葉の季節に来るのがセオリーだけど、それでも壮大な絶景です。



本当は道路脇に駐車してゆっくり写真を撮りたかったけど、急斜面なうえに強風なので、停車して乗ったまま絶景をカメラに収めるしかありませんでした。

一応、写真の区間を往復して、福島市街→浄土平方面の動画を撮ってみたので、近いうちにアップします。



で、風に煽られながら、浄土平を下りていきました。

途中、福島市街を見下ろせます。やっぱりここは雲の高さの世界なんだなぁ、と思った。




いったん街まで下りたあと、今度は蔵王連峰へ向けて、県道46を登り始めます。福島県から宮城県へ。

途中、道路をまたぐ大鳥居が見えてきました。

萬蔵稲荷神社の参道のようです。緑の中に紅い鳥居、良いですねえ。



さっきまで寒かったのに、今度は新緑の中で、そのギャップに驚かされますw

大鳥居を抜けて少し走ると、鳥居がいくつも並ぶのが見えてきたので駐車。



幾つもの鳥居が並ぶ様は、京都の伏見稲荷大社を彷彿とさせますね~。

こっちのが人も少ないし、整備されてなくて自然な感じが濃いですね。



駐車場に車が多く停まってたので有名なのかもしれない。



昼になったので、道の駅「七ヶ宿」で、生姜焼き丼を食す。






今回の旅は、オーナーは美味しいご当地特産物を何も食べてませんでしたね。

生姜焼き丼は特にここの名物ではありませんし。

そうなんだよなァ、裏磐梯からこっち飯屋が全然無かったし、田舎だから時間的に閉まってたりで。

寒い土地だと営業するのも大変だからかな。


七ヶ宿町の県道51に入って北上し、R457を通過し、いよいよ県道12「蔵王エコーライン」へ。

裏磐梯の次に楽しみにしていた、宮城蔵王に、いざ!

うお―――!?



少し溶けてますが、7mくらい積もってる。有名な「雪の回廊」ってやつですね。

一面まっしろです、さっきまで一面みどりだったのにw

やっぱり5月に来ちゃいけなかったんだ・・・寒い寒い。


浄土平のビジターセンターのおじさまも「蔵王も同じだと思うよ」って言ってましたもの。

それにしても裏磐梯より積もってましたね。

だね、標高は同じようなもんだけど、吾妻付近より寒くて雪まで降ったね。風もあったし。

自前の気温計で3度、そりゃ寒い!グリップヒーターも強レベルです。



通り過ぎる車のドライバーに変な目で見られつつ撮影w

あまりに寒いので、さっきの萬蔵稲荷神社で脱いだウィンドシェルをまたジャケットの下へ着込みました、ここでw



とてもじゃないけど蔵王ハイラインを走って御釜を見に行く気にならなかった。この空じゃ見えなかっただろうしね。

とにかく早く山を下りて暖かい場所へ行きたかったw


ハードでしたね、着たり脱いだりで忙しそうでしたし。

雨が強く降らなかっただけでもマシだけどねハハハ(白目


とにかく、宮城蔵王をさっさと抜けて、山形蔵王も通過し、山形市街に入りました。

山があの状態ではキャンプも厳しいので諦め、山形市街にある「山形七日町ワシントンホテル」へ。



建物下にコンビニも併設してるすごい便利で豪華なビジネスホテルですが、泊まるのはユースホステル登録されてる、やや安いシングルルームです。

しかし結論から言って、このホテルはお薦めしません。

なぜなら、バイクを邪魔にならない隅っこに停めることも許してもらえず、「大きいバイクを停めれる駐車場はどこか」とフロントに聞いて案内されて歩いて行ってみたら、建物の構造的に原付しか入れないところでした。

またフロントまで戻ってその旨を伝えたら、ろくに謝りもされずに、結局ホテル敷地内750円の車用駐車場になりました。

案内の知識とサービス精神は今まで停まった宿では最低レベルだと思います。

ユースホステルは大抵は「旅人を休ませる」な空気が感じ取れますが、ここはそもそもがホテルなせいか「仕事だからやってる」という冷たい空気しか感じませんでした。

あまり批評したくないけど、この記事見て行って嫌な思いしてほしくないので書いておきます。


旅の疲れを癒す場所で疲れてたら、元も子もありませんね。

(オーナーはヘタレなので怒ることもできませんし。)

いつも辛辣口調のバイクが何かすごいことを考えている気がするなあ!



で、もう夕方なので走りに行くことはせず、歩いて7分ぐらいの、山形城跡に行ってみました。

道すがら、「最上義光歴史館」がありました。

川上稔氏を知る人ならわかるはずです、聖地巡礼みたいなあの気分がw



まぁ、それだけです。入館してませんw





山形城、別名「霞城」は現在はそのほとんどが失われ、二の丸跡が霞城公園となってます。

二ノ丸東大手門から入ってみた。




市街地のど真ん中にあって、掘りに囲まれてます。




公園はけっこう広いし、お腹も減ったので、最上義光像だけ見て、ホテルへ戻りました。




最上義光様は関ヶ原の戦いにおいて東軍につき、人情味があって力持ちで、英雄視されることも多い人物だったらしいです。

一度で良いから現存する城内で寝泊まりしてみたいなぁ、とか思ったりw



ホテルに戻ったらコンビニで飯買って、大浴場入って、さっさと寝ました。

サービスは悪いけどワシントンホテルチェーンだけあって設備はしっかりしてるのが悔しいw






こんな感じの1日目、2日目でしたが、体力的にしんどいツーリングになったのでした。

わかってたけど、やっぱり5月に東北来るのはちょっとまずかったなあ、バイク乗り全然いないし!

次回は被災地を散策する3日目と、愛知に戻るだけの4日目の記事になるかな。


バイクとしての感想を申しますと、裏磐梯と蔵王は四国などと違ってワインディングに急坂が少ないような印象を受けましたね。

それと、タイヤ交換したばかりなのに、初日がほぼ高速道路だったので真ん中ばかり削れてしまいました。

積載してるから余計になぁ・・・ちょっともったいなかった。

それより高速道路で驚いたのは、大型トラックの運転手に抜き去りざまに空き缶を投げられたことだよ!

わざわざ運転席と逆側の左側に投げたってことは、斜め後ろを走る俺に当たるように意図的に投げたとしか思えない。

スクリーンに当たるぎりぎりだったけど、もし踏んで滑ったら死んでいたかもしれない。あれは殺人未遂だった。

オーナーは安全運転で130ぐらいしか出しませんし、該当トラックが高速道路に合流する際に、追い抜き車線に避ける配慮もしましたし、怨まれるようなことは何もしませんでした。

ヒトは私たちバイクと違って、愚かで暴力的ですね・・・。

ただ、旅の3日目は逆に、“ヒトの強さ”、を知ることになるわけですが、詳しくはまた次回ですね。

御読了ありがとうございました。